OBからのメッセージ

AYO卒業生の主な所属先一覧

Message

アジアユースオーケストラに参加したOBからのメッセージです。
演奏家として世界的に活躍されている方達です。

日高 剛さん

Profile

宮崎市出身。
1990年長崎大学経済学部に入学。
同大学を卒業後、東京藝術大学にてホルンを学ぶ。1996年よりオランダ・マーストリヒト音楽院に留学。
帰国後、2000年第17回日本管打楽器コンクール第3位(第1位なし)入賞。
同年広島交響楽団に入団。その後、日本フィルハーモニー交響楽団、読売日本交響楽団を経て、2005年よりNHK交響楽団ホルン奏者。2008-2013年まで首席代行ホルン奏者を務めた。 ホルンアンサンブル「つの笛集団」メンバー。
宮崎国際音楽祭、霧島国際音楽祭、草津国際音楽アカデミー&フェスティバルに参加。
2009年にはドイツ・オストフリースランド夏の音楽祭に招待され、ソロ、室内楽を演奏。
モーツァルト作曲「協奏交響曲」のソリストを務めるなど好評を博した。 現在、邦楽器とホルンの共演や、「ホルンと彫刻の調べ」と題した演奏会を開催し
音楽と美術のコラボレーションを試みるなど、多彩な演奏活動を行う。 2013年4月より東京藝術大学准教授。洗足学園音楽大学客員教授、国立音楽大学非常勤講師も務める。
2012年フォンテック社よりCD「Variation for Horn」、2013年ビットマップ社よりEtude CD ホルン「コップラッシュ60の練習曲」をリリース。

日高 剛さんからのメッセージ

アジア・ユース・オーケストラ。

これほど楽しくて有意義なプロジェクトは世界中探しても稀有な存在だと思います。1995年に参加し、香港・台湾・アメリカ合衆国をツアーで周れたことは、今でも大切な私の思い出であり、そこで得た経験はいつまでも私の宝です。
初めての海外・外国語に囲まれた生活に、正直戸惑うこともありましたが、徐々に異なる文化を楽しめるようになると、それ以上に得るものが多くなりました。AYOに参加した事で、その後の留学のきっかけにもなりました。本当に感謝しております。

言葉がうまく通じなくても、音楽を通じて共に感動する事ができる・・・それを肌で実感しました。
演奏家だけでなく、観客の方も共に幸せな時間を過ごすことができる『音楽』は、人類が生み出した、かけがえのない大切な共有の財産のひとつだと思います。国境を飛び越えて、そのような貴重な経験ができるアジア・ユース・オーケストラは、一人でも多くの方に是非参加してもらいたい、一押しのオーケストラです。

太田 直喜さん

Profile

愛知県立芸術大学卒業
桐朋オーケストラアカデミー出身
2006年サイトウキネンオーケストラに出演
アジアユースオーケストラ2006、2007、2010に参加
現在はHangzhou philharmonic orchestra(中国)の第1ホルン奏者として活動中

太田 直喜さんからのメッセージ

私が初めてアジアユースオーケストラ(AYO)に参加したのは、大学を卒業して1年目の2006年でした。学部時代からオーケストラに入ることにしか興味のなかった自分にとって、アジアユースオーケストラは格好の勉強の場でした。アジア各国から集まった参加者たちと、言葉や文化、そして考え方の違いに苦労しながらも一緒に音楽を作っていく、あの醍醐味は、やはり参加した人にしかわからないのではないでしょうか。あの夏の、たった一ヶ月半ほどの日々の中には、語りきれないほどの思い出が詰まっています。
アジアユースオーケストラの、えも言われぬ魅力にとりつかれ、その後も何度か参加することになりました。その年ごとにオーケストラには違うカラーがあって、雰囲気が違ったり、またオーケストラのサウンドもガラリと変わるので、それもこのオーケストラの一つの面白さなのではないでしょうか。
良き友人たちにも恵まれました。アジアユースオーケストラでの出会いをきっかけに、金管アンサンブルを結成して、その後何度も共に演奏する機会を得ました。一緒にAYOに参加したメンバーがオーケストラオーディションに合格し入団したと聞けば、喜ばしい反面、負けてられるかと、やる気を駆り立たせてくれたりもしました。彼らは私にとって、戦友であり、ライバルであり、そして心のそこから語り合うことのできる、かけがえのない存在です。
今私は、中国のオーケストラで演奏活動をしていますが、私たちのオーケストラの中にも、アジアユースオーケストラの参加経験者たちが何人かいます。その中の一人が私をこのオーケストラに導いてくれました。学生時代の恩師や共に切磋琢磨した仲間たち、そして家族の支えなどがあってこれまで音楽を続けてこられましたが、アジアユースオーケストラが、私の音楽人生の歩を大きく進めたことには、疑いの余地がありません。
最後に、このような素晴らしいオーケストラが、これからもずっと輝き続けること、音楽を志す未来溢れる若者たちに、その可能性を無限大に広げてくれる存在であり続けることを、心より願っています。

小野 隆洋さん

Profile

東京音楽大学を特待生で卒業。同大学研究科を経て、
文化庁派遣芸術家在外研修員として渡仏。パリ・コンセルヴァトワール並びにブローニュ・コンセルヴァトワール卒業。
02年、レオポルト・ベラン音楽コンクールで第1位(パリ)。これまでにAYOアジア・ユース オーケストラでシドニーオリンピック芸術祭、PMF環太平洋音楽祭、サブレバロック音楽祭へ招聘参加。
06 年、コジモ・コラーツォ(イタリア・トレント音楽院学長)から
「ラ・レンタ・ディシェーザ」が献呈されて世界初演。
08年、メモリアル・ピース優秀作品を日本トロンボーン協会主催フェスティバルで披露演奏。近年では、国民文化祭、
志賀高原音楽祭、八ヶ岳音楽祭、北甲斐音楽祭、
飛騨トロンボーンフェスタなどの各音楽祭にゲスト出演。
トロンボーンソリストとして各地でソロ活動を行う傍ら、
現在、ニース国際音楽アカデミー助教授、日仏楽友協会専務理事、日本トロンボーン協会常任理事を務める。

小野 隆洋さんからのメッセージ(音楽は世界の共通語)

2000年、AYOでリハーサルの為に香港へ行ったのが、私にとって初めての海外でした。
トロンボーンのメンバーはマレーシア人と香港人と日本人の私。みんなアジア人ですから、顔はほとんど変わらず、話をしなければあたかも日本人のように見え言葉も通じそうなのに言語が違うのです。初参加で英語もほとんど話せない私は、恐る恐るリハーサルに臨みましたが、リハーサルを進めて行くうちに、先ずは楽譜がいつも日本で使っている楽譜と何ら違いのないこと、出来上がるハーモニーも一緒であることに気付きました。つまりみんなで奏でる音楽はただ一つ、どこで演奏しても同じ音楽なのです。そのうちにメンバーの1人がブラームスの交響曲の中でトロンボーンセクションのハーモニーを大切に吹こうと言う提案をしました。みんな考えてることは一緒で、「音楽をより美しく奏でること」なのです。そこでまさに音楽がメンバーとのコミュニケーションの手段であることを知ったのです。以来、3週間のリハーサルを終え、日本、韓国、香港、ベトナム、オーストラリア公演と各国をツアーして、最後のシドニーオリンピック芸術祭のオペラハウスでの公演が終わるころには音楽のおかげでメンバーと完璧に意思の疎通を図ることが出来るようになり、1か月半以上共に過ごしたメンバーとの別れが何とも寂しかったのを覚えています。最後に分かれる時にメンバーと約束しました。「音楽をやっていれば、いつかどっかで会えるよね!」その後、文化庁の派遣でフランスに留学する機会を得ました。AYOメンバーともスイスや、ニューヨークで再会もしました。今でも各国にかけがえのない大切な友達がいて先日も結婚式に招待され香港に出向き演奏をプレゼントしました。

AYOは私に外へでるチャンスをくださいました、私の演奏家としてのキャリアの一歩を踏み出すことができたのはAYOのおかげです。来年は20周年を迎えますが、世界の共通語である「音楽」を通じでアジアの若い演奏家たちがより親密に、音楽仲間の和を広げ、世界へ向けて発信し益々発展することを願って止みません。

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